熊本地震のニュースで大変心苦しい日々です。
被災を受けた方はもっとつらい思いをされていることと推察します。
まずはじめに、熊本の災害でお亡くなりになった方のご冥福をお祈りいたします。
また、暑い中震災で被害を受けた方のいち早い復興をお祈りします。
人はいつか必ず死ぬということ
死
自らの死を意識することなんてめったにないことかもしれません。
でも誰しも必ず死からは逃れられないのです。
変化の激しい世の中で未来永劫決まっていることなんてほとんどありません。
でも、死は決まっています。
愚かながらも、今回の地震で再認識させられました。
死は突然やってくるかもしれないということ
突然命が終わる可能性があるということ。
突然死。
それは大変痛ましいことです。
今回の地震でも、多くの方がお亡くなりになりました。
突然お亡くなりになることは大変悲しいことですが、今回のような自然災害、交通事故などで突然お亡くなりになる方がいるのも事実です。
資産が増えると死の間際について考えるが、何も思えないまま死ぬこともある
資産が増えていくにつれ、どういった生き方をしたいのか考えることが増えましたが、それと同時に死ぬときに何を思うのかと考えることが増えました。
でも、今回のような自然災害や交通事故など何も考える間もなく人生が終わってしまう。
そういうこともあり得るのだと感じました。
普段生きていると意識が徐々に薄れていく
ここ10年だけを見ても、10年前の熊本地震、能登半島沖地震、台風や大雨などの自然災害が起きています。
そのタイミングでは死を意識するのに、時間がたつと日常の課題にばかり集中するようになります。
一日いちにちを大切に生きる。日々を丁寧に生きる。
大切な人に感謝を伝える。自分を大切にする。
毎日何も考えない歯車のような生活を送るのではなく、毎日の暮らしを大切にしたい。
一日数分で良いから、死について考えをめぐらせようと思いました。
FIREとは自由になることがゴールではなく、自由をどう使うかが大切だと思う
最近は、お金の事よりどういう暮らしをしたいか考えることが増えたのですが、今までは自分の理想を追い求めることばかりを考えていました。
今回の地震で仕事をやめて自由になったら、困った人たちをボランティアで助けたいという気持ちがわいてきました。
自らお金を稼いで寄付をする。それも素晴らしいことです。一方で、私は自らの目で見て、少しでも良いから助けになることをしたいと思うようになりました。
FIREで得た自由で人助けをする。自由な時間をどう使うかに目を向けていきたいと思います。

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